柔らかい殻

     いつか散る想いなら
     咲き誇ることもできるのに

「あ――――」
 木の根元に転がって口を開けると、口の中にまで花びらが降ってくる。
 ってか、散りすぎだろ桜! 入学式終わったからって、気ぃ抜きすぎ!
 おかげで。見ちゃったじゃないのよ、陽に透ける栗色の髪に揺れる、桜の花弁。
「前髪に桜、ついてるよ」って言ったら、こころもち上を向いて目を閉じた。
 これで恋に落ちない方が、どうかしてる。

「イノウエオリヒメ」
 その名を口にするだけで、心臓が収縮する。
「オリヒメ」
 指先が脈拍に合わせて痺れる。
「ヒメ」
 やばい。これ以上呼ぶと子宮にきそうだ。
 ―――好き。
 やばい。本気でやばい。こんなに心も身体も痛いのは初めてだ。
 自分のペースが見えなくなる。暴走することすらできない。
 彼女の姿が、視界に入るだけで眩暈がする。
 自分が自分でなくなるような、変な感じ。

 横たわったまま悶々としているうちに、制服の上に無数の桜が降りしきる。
 このまま、埋もれてしまおうかなぁ。
 そんなことをつらつらと考えていたせいで、足早に近付いてくる人影に気付くのが遅れた。
「うわッ!?」
 左足首に、突然の痛み。
 不注意な誰かが、寝ているアタシにつまづいたのだ、と理解するのに、しばらく時間がかかる。
 ぼんやりと視線を投げると、男子生徒が一人、片手でメガネを押さえながら立ち上がった。
 ―――誰だっけ。
 あのメガネは見覚えがある。多分同じクラスの奴だわ。
 う――ん。女子だったら、クラスどころか学年中の顔と名前は覚えたのになぁ。男は、あのオレンジ頭くらいしか記憶に残ってないのよね。
 彼は、思いきり転んだことが恥ずかしいのか、頬を紅潮させてアタシを見下ろした。
「何をしているんだ君は」
「死体のフリ」
 答えると、彼は馬鹿にしたように目を細めた。
「西行でも気取るつもりか?」
 照れ隠しのつもりだろうけど、何かムカつく。
「あぁ、アレね。願わくば、腹の下にて」
「花の下だよッ!!」
 そんな、ムキになってつっこまなくても。
 ゆるゆると起き上がる。制服から、無数の花びらが零れ落ちる。
「あーぁ。アンタのせいで、生き返っちゃったわ」
「何だそれは。死ぬよりも、生きてる方がいいに決まっているだろう」
 コイツ絶対頭の中で「変なヤツ」とか付け加えたわね。
 でもま、確かに生きてる方がいい。
 苦しい恋をしても。叶わぬ想いを抱えても。
 桜は散っても。春はこれからだ。

「帰ろうっと」
 ヒメもう帰っちゃったかなぁ。
「じゃぁね。今度は転ばないようにね」
「あれはっ、君がこんなところで寝てるから……ッ!」
 抗議の声を無視して、ひらひらと手を振る。
 歩を進めるごとに、スカートから舞い散る花吹雪。
 アタシのヒメ。
 心の中で呟くと、まだ肺が苦しいけど。
 髪に触れた指先は、熱を持って疼くけど。
 とりあえず、生きてみよう。

 君を想いながら。


一応設定としては、千×雨出会い編。
高校入学当初って感じで。
むしろ千×織出会い編ですが。

2004/03