The
World
誰にも言わず
笑みを絶やさず
痛みに気付かぬふりをすれば
いつか 自分さえも騙せるから
馴染みのない教室、目の前を通り過ぎる真新しい制服の群れ。
すれ違う誰もが、ほんの少し緊張した表情をしている、入学式の朝。
「どうだ、可愛い子いたか?」
ただ一人、いつもと変わらぬ調子で声を掛ける友人を振り返り、僕は極上の笑みを
浮かべてみせた。
「相変わらずだなぁ、啓吾は。あんまりがっつくと、また高校でも失恋三昧になっちゃうよ」
「うわ、ヒデェ! 入学初日からヒデェな水色!」
大仰に胸を押さえてのけぞる啓吾に、思わず吹き出す。
「ま、僕は学校外で間に合ってるから、全然構わないんだけどね」
容赦なく言葉の矢を放つと、啓吾はしばらくしゃがみ込んで俯いていたけど、やがて
回復したのか、立ち上がってまた僕に向き直った。
「そう言えばさ、俺ら一年三組じゃん?」
「そうみたいだね。今三組の教室でSHRが終わったばっかりだし」
「うちのクラスにさ、入試トップだった奴がいるらしいんだわ」
そりゃ、どこかのクラスにはいるだろう。
ギリギリ合格圏に引っかかったレベルの僕には、遠い世界の話だけれど。
「でさ、そいつが入学式で、新入生代表の挨拶するらしいんだけど、それがまた、結構な
美女だって噂なんだよ」
「女の子なんだ?」
なるほどね。これから退屈な式だってのに、啓吾の頬が緩んでる理由が判ったよ。
でも、確かに興味はあるな。
講堂へ向かう足取りが、幾分軽くなる。
右を向いても左を向いても、同じ制服の少年少女。
人の波の間から、時折見えるオレンジ色の頭だけが、妙に目立つ。
何て言ったっけ、彼。馬芝中の―――クロサキイチゴ。
オレンジの頭なのに、イチゴなんだ。変なの。
くだらないことを考えて、何とか眠気を振り払う。
別に校長の話なんて聞かずに寝ちゃってもいいんだけど、ついさっき啓吾が、居眠り
してて副担任に注意されたところだったから、さすがにそれは自重して。
と、視界の隅を黒い翼が過ぎった。
「―――え!?」
驚いて振り返ると、長い黒髪の女生徒が席を立つところだった。
なんだ。びっくりした。
先生にバレないように、そっと座り直す。
彼女は椅子の間を縫って、壇上へと向かって歩を進めた。
なるほど。彼女がトップで合格した美女、ってわけか。
校長の話を聞き流して、意識を彼女に集中させる。
細い身体は、不思議と弱さを感じさせない。
勉強だけやってるタイプなのかと思ったけど、スカートから伸びた脚は、意外な
瞬発力を秘めているかのように引き締まっている。
―――文武両道ってやつ?
だとしたら、ますます僕とは次元が違う。
彼女と僕とでは、住む世界が違うのだ。
溜息を一つついて、背もたれに寄りかかる。
ま、同じ学年じゃ、僕の守備範囲外だしね。
やがて新入生代表として、彼女の名前が呼ばれたけれど、僕は興味の半ばを失って、
ただぼんやりと壇上を眺めていた。
そして彼女は、鈴の音を鳴らす。
それはまるで、不意に背後から殴られたような衝撃。
完全防音の扉を開けた瞬間に、流れ出す音の奔流。
なんだ、この声―――。
途切れてるのに繋がっている、鍵盤楽器の不思議な旋律。
マイク越しでも、直に背骨に響く。
参ったな。
鴉だと思ったらカナリアだった、ってことか。
単純に綺麗な声と言うには、芯が強すぎる。
鼓動が早まるのを抑えきれなくて目を閉じると、余計にその声がダイレクトに聴覚を
刺激した。
何だって入学早々、こんな目に遭わなくちゃならないんだ、全く。
そんな僕の気持ちなど、気付く筈もなく、彼女の挨拶は続く。
「―――新入生代表、一年三組、国枝鈴」
りょう。
その名を舌の上で転がしてみる。
彼女が口を閉ざした途端、波が引くように魔法が解ける。
だけど、油断は禁物だ。
引いた波は、必ず再び打ち寄せる。
彼女には、関わらないようにしないと。
何たって、住む世界が違う人なんだから。
そう自分に言い聞かせているにも関わらず、僕は頭の隅で、彼女にどうやって声を
かけようか考えていた。
本当に参ったな。
いつもいつも、水色の一人称で書くときは煩悶を繰り返している気がします。
何故なのか考えた結果、水色一人称は、既に原作の番外編で存在しているからだろう、と。
どこまでも脳内妄想捏造派なので、既に原作で存在しているものは、
どう書いていいのか判らぬ。
だから主人公メインの話が書けないのか、と今更ながら納得。
ちなみにこれは水色×鈴、出会い編水色バージョン。
鈴はまだ、水色を認識してません(笑)
2004/09
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