遠浅
その微笑が やがて私を壊すように
強く強く 心に願う
「本匠さん」
男の声ってのは、何でこんなに耳障りなんだろう。
目の前の彼の表情は、窓からの西日に遮られて読み取れない。
確か隣のクラスの、名も知らぬ誰か。
放課後の教室に呼び出すなんて、あまりに少女漫画的で笑わせる。
どうせなら校舎裏とか、もっとそれっぽい場所にすればいいのに、なんてぼんやりと思考を巡らせる。
「俺と、付き合ってください」
嫌です、なんて即答してしまいたくなって、少し笑った。
同じこと、あの子に言われるのなら、こんなに嬉しいことはないのに。
この人はあたしのこと、何も知らないのかな。
あたしが熱烈に彼女に夢中なこととか、基本的に女の子が好きなこととか。知ってたら告白なんてしない?
「ごめんなさい。好きな人がいるから」
「井上さんのこと?」
なんだ。知ってるんだ。
知ってるのにどうして?
女の子が好きなんて、単なるポーズだと思ってるのかな。
ほんの少し俯いて、唇を噛む。
男なんてつまらない。
あたしには、ヒメがいればいいのに。
見知らぬ彼とは違う、柔らかな声で私を呼んで。
小首を傾げて、困ったように笑って。
それ以外は、いらないのよ。
「井上さんは、女の子だよ」
「だから何?」
想像以上に硬い声が出て、自分でも驚いた。
報われないことなんて判ってる。
一緒になんてなれやしない。
それでも。
男なんかといるより、あたしはヒメを見ていたいの。
見詰め合うことなんてできない。
あたしだけがずっと、彼女の背中を見てる。
それでも構わない。
もう何度も、自分に言い聞かせたことだから。
「本気なの?」
呆れたような彼の声に、目を上げて笑う。
深く、深く。自分にできる限りの艶やかな笑み。
あなたはあたしの、何も知らないくせに。
テニスやってる姿に惹かれました? 廊下で擦れ違うたびに振り向いてました? そんなの、何の意味もない。
彼女を好きなあたしを認められないのなら、それはあたしの全てを否定したのと同じことなのよ。
自分と趣味の合わない相手と付き合うのは苦痛だし、あたしと同じ趣味の男は、あたしなんか好きにならない。
我ながら、因果な性格だとは思うけど。
世界はこんなに可愛い女の子たちで溢れてるのに、よりによってあたしに目をつけるような趣味の悪い男は、こっちから願い下げなのよ。
「さよなら」
笑顔のままで言い放って踵を返す。
ヒメに逢いたい。泣いてしまう前に、彼女に触れたい。
毎日毎日、その姿を渇望する。
彼女があたしの上に君臨してくれればいいのにと思う。
もっとあたしを独占して、あたしの全てを支配すればいい。
他の男なんて寄って来られないくらいに。
あたしの身も心も、完全にあの子のものになれればいいのに。
千鶴→織姫。
千鶴のぐるぐるした思考を書くのが楽しいです。
最近めっきり雨竜を書いてない気が……。
2006/03
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