携帯電話
彼は太陽のような人
その身は眩しく暖かく 近付く全てを灼き尽くす
たった一人で輝き続ける 彼は太陽のような人
彼女は水のような人
とどまることなく姿を変えて やがて大地を押し流す
私の身体を静かに潤す 彼女は水のような人
「千鶴ちゃんは、石田くんのことどう思ってるの?」
「石田? まぁムッツリって言うか、その分マメって言うか、モノは大したことないし、
知識だけが先行してるって感じだったけど、流石に成績いいだけあってマニュアル
からは外れないわね。まぁ一言でまとめると、わりといい仕事するってところかしら」
みちるの質問に一息で答えると、数秒の沈黙の後に電話は切れた。
何も言わなくなったメタリックブルーを手に、その場にしゃがみこむ。
「サイアク」
最低だ、あたし。
みちるがあたしに電話するまで、どれだけ悩んだのか、ちょっと考えれば判りそうな
ものなのに。
みちるは石田が好きなのに。
恋する友人に対して、「あたし彼と寝たわよ」なんて、ホント最低だわ。
夏は長くて、あたしの心から優しさを奪う。
全くもう。二人とも携帯ひとつ持ってないなんて、イマドキありえないわよ。
せめて声だけでも聴けるなら、こんなに足元がぐらぐらになることはないのに。
「ヒメ」
言い聞かせるように小さく呟く。
あたしが会いたいのはヒメ。石田じゃない。
あたしにはヒメがいればいい。
ヒメ以外はいらないのに。
何だって石田の顔なんて浮かんでくるのか。
早く夏が終わればいい。
ヒメに会いたい。
石田に会いたい―――会いたくない。
違う。あたしが会いたいのは、ヒメ。
ヒメだけが好き。
のろのろと立ち上がり、リビングへと向かう。
フローリングの床に寝そべって音楽雑誌を読む母親を迂回して、ダイニングの
椅子に腰掛けようとした瞬間、何故だか不意に泣きそうになって、そのまま床に
うずくまる。
「何してんの?」
「自慰」
答えると母は、雑誌から目も上げずに、ほどほどにね、と切り返した。
「あのさ、それは自慰じゃなくて自己憐憫でしょ、とか、そういうツッコミはないわけ?
高校生の娘を持つ母親としてはさ」
「自分を憐れむよりは、慰めた方が前向きかと思って」
言いながら、雑誌を閉じて立ち上がる。
「仕方ない、何か飲み物淹れてやるから、そこ座ってなさい」
母の後ろ姿に感謝の言葉を投げて、あたしは椅子に腰掛けた。
しばらくすると、彼女はアイスティのグラスをトレイにのせて戻ってきた。
エアコンの効いた部屋の中に、カラリと透明な音が響く。
「で、何だってこの暑いさなかに、そんなうっとうしい顔してんのよ」
彼女の声音は、娘を心配する母のものではなく、むしろ解りやすいほどに興味本位
の響きを帯びていたので、あたしは半ば呆れ、苦笑しながら話し始めた。
「好きな人がいるのよ」
「あら、いいじゃない。ママそういう話大好き」
グラスの氷をかき回していた母のストローが止まる。
「相手は女の子なんだけどね」
「可愛いの?」
そりゃあもう、と握り拳作って答えると、あらいいわね、今度紹介してよ、と嬉しそうに
言う。
どこまで天然なんだ、この女。
「だけどあなたのことだから、相手の性別で悩んでるわけじゃないんでしょ?」
あ痛。
気を抜くと、もの凄い直球で心の隙を衝いてくる。
我が母親ながら、油断ならないわ。
「あのね」
何と説明したら良いものか。
「えーっと、何て言うか、邪魔な男がいてね」
「彼女の彼?」
「いや、そうじゃなくて……そういう男は他にいるんだけど、そいつはこの際問題じゃ
なくて」
慎重に言葉を選びながら。
「あたしが彼女を想い続けることへの障害となる男……って意味で」
「あぁ」
腑に落ちた表情で母が頷く。
「そいつの事が好きになったんだ」
「違うわよ!!」
思わず強い口調で否定してしまい、慌てて口を閉ざす。
馬鹿なあたし。
過度の否定は肯定と同じなのに。
「違うのよ……本当に。好きじゃないの」
石田は違うの。あたしはずっとヒメだけが好きだから。
「あたしの心の中は、彼女のことでいっぱいで、他の奴が入り込む余地なんてない
のに、そいつは強引にあたしの中に入ってくるの」
膝の上で拳を握りしめる。
石田のことを思い出すたびに、ヒメを裏切ってるような気分になるのよ。
「心なんて、いくらだって広がるもんだと思うけどねぇ」
呟いてカラカラと氷を揺らす。
「だって、何だか許されないような気分になるんだもの」
ヒメを好きな気持ちに、これっぽっちも嘘はないのに。
俯くあたしの髪に、テーブル越しに乗り出した母の指が触れる。
「こらこら、千鶴サン顔を上げなさい」
視線を上げると、見慣れた苦笑を浮かべた母の顔。
「いったいあんたは誰に許されたいの? 恋をしたら、その相手が唯一で絶対の
存在になるのに」
神サマなんて、自分の中にしかいないのよ、と悪戯な表情で目を細める。
あたしのヒメは。
あたしの中で唯一で絶対だけど、他の誰かを排除したりしない。
どっかの狭量な神サマみたいに、自分だけを一生愛し続けろなんて言わない。
そんなこと解ってる。
解ってたんだけど……さ。
固く握った手をゆるゆると開いて、あたしは大きく息をついた。
グラスの中の氷が、クルリと揺れるたびに、あたしの心が溶けてゆく。
「ん、ありがと、ママ」
何だかちょっと、背中が軽くなったような気がするわ。
笑みを浮かべてそう言うと、母は椅子に座り直して、あたしの瞳を上目遣いに覗き
こんだ。
「で、さ。目下のママの神サマである人のツアーが、明日から始まるわけなんだけど
……」
バツが悪そうに言いよどむ。
今の彼女の神サマって……あぁ、あれか。何とか言うバンドのギタリスト。
半年くらい前に、音楽番組で見て以来、夢中になっている奴のことか。
「というわけで、明日から二週間、行ってきます!!」
「明日!?」
手を合わせて頭を下げる母に驚きの声を投げつける。
たまには母親らしいことも言うもんだ、と感心してたらこれだ。
「初耳なんですけどっ!? ていうか、二週間たったらもう九月じゃん!」
「言うの忘れてたの―――っ。ごめんね、お土産買ってくるから!」
脱力のあまり、椅子の背もたれに寄りかかる。
あ――、もう笑うしかないじゃないの。
半ば椅子からずり落ちながら、ひらひらと片手を振ってみせる。
「判ったわよ。行ってらっしゃい」
「ありがとうー。ママが留守の間、男連れ込んでもいいからね。もちろん女の子も」
「はいはい。あたしも好きにするから、安心して行ってきていいわよ」
言うと、母は旅行の準備のためにいそいそと立ち上がる。
あーぁ。これから二週間、どうしよう。
とりあえず、たつきを誘って買い物にでも行くか。
どうせ向こうも、インハイ終わって暇だろうし。
あの子、夏は無防備に薄着になるから、一緒にいると退屈しないのよね。怪我も
絶えないけど。
もう少し落ち着いたら、みちるにも謝ろう。
たつきと買い物に行くついでに、何かみちるへのプレゼントを買うのもいいな。
携帯電話のメモリーから、見慣れた番号を呼び出して、あたしは高校生活最初の
夏を、楽しいものにすべく思いを巡らせた。
千鶴×雨竜、第4話です。雨竜出てこないけど。
いや、もともとうちの千鶴×雨竜で、雨竜の出てくる話なんて、殆どないんだけどっ。
今回は原作に出てきてない千鶴の母親とか出てきて、いつも以上に捏造妄想炸裂です。
何だかんだ言って、千鶴はずっと織姫のこと好きだといいな。
2004/08
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