でんせん

   かつて 神が封じた悪しきものたちを
   解き放った後に 残ったものが希望ならば
   希望こそは 最も恐るべきものなのだ

 ねぇ、恋をするって、どんな気持ち?

   ● 有沢 たつき ●

「知らない。経験ないから」
 即答ですか。
「今のとこ興味もないし」
 そう言って教室の隅に目を向ける。
 いきなりの人選ミスだわ。
「ごめんな……参考にならなくて」
 いや、別に参考にしようと思ったわけではないから、良いのだけれど。
「でも、みちるや織姫見てると、恋をするのって案外楽しいのかも、と思うよ」
 取り繕うようなたつきの言葉に、小さく頷く。
「ま、あたしが恋をする相手は、あたしより強い奴じゃないとね」
 それは凄く厳しい条件だと思うわ。
「恋愛って、空手より楽しいのかな」
 会話の合い間に、何度も教室に目を走らせる。
 視線の先には橙色の髪。
 こちらに気付かずに友人と騒ぐ少年を眺めながら、どうなのかしらね、と私も小さく呟いた。

   ● 井上 織姫 ●

「ちゅど――ん!!!」
 ……は?
「それでねそれでね、ビビビビッ、って感じ!」
 えーと……。
「時々キラキラってしてね。ふにゃぁ、ってなるの」
 栗色の髪を振り乱して力説してくれるんだけど、もはや何が何やら。
「そうすると、乙女心がバビュ―――ン! ってなるのよ」
 謎の擬音を口にしたまま、織姫が両手を広げて机の間を走り去る。
 い、行っちゃったんですけど……。

「こんな感じ、です!」
 あ、戻ってきた。
 楽しそうね、と言うと織姫は大きく頷いた。
「うん、楽しい! 楽しくて苦しくて、泣きたくなってクラクラする! たまにお風呂とかで意識なくすし」
 それは、のぼせてるんじゃないの?
 しかも、恋とは関係ないと思うんだけど。
「そうなのかな? でも恋ってすごいよ。時々思うもん。『へッ、いいパンチだぜ』って」
 ごめん、織姫の話は私には高度すぎるわ。
 いや、むしろ高次元と言うか別次元と言うか。
 とりあえず、確実に地球人であると考えられる相手に話を聞くのが得策かしらね。

   ● 小川 みちる ●

「えっ……恋!?」
 聞き返すなり、みちるは耳まで真っ赤に染めてみせた。
 そのままもじもじと、両手の親指を重ね合わせる。
「えーと、あのね……相手のことを考えるだけで、胸の奥が、じわってあったかくなる気持ち、かな」
 初めてのまともな回答に、私の胸まで熱くなりそうだわ。
「目が合っただけで、一日幸せな気分になれるの。もっといい女になって、いつか振り向いてほしいな……って……」
 頬を染めたまま、照れたように微笑う。
「まだまだ、ぬいぐるみしか見てもらえないんだけど……」
 声が徐々に小さくなる―――って、何で泣いてるのよ、あなた。
「えへへ。ごめんね。考えてたら、何だかドキドキしてきちゃって」
 涙を拭いつつ、なおも微笑むみちるの姿に困惑する。
 幸せなのに、何故泣くの?
 解るような、解らないような。
 俯くみちるの頭を撫でながら、これは想像よりも遥かに複雑な問題なのかも知れない、と僅かに不安になった。

   ● 本匠 千鶴 ●

「そうね。他の臓器より子宮の温度が、二度くらい上がる感じかな」
 ……言っていることは、みちるとそれ程変わらない気もするのだけれど。
「おかげで、時々喉元から内臓がせり上がりそうになるわ」
 眉根を寄せて、小さな声で呟く。
 吐きそうってこと?
「吐いたら楽になるだろう、って感覚よ」
 千鶴から、こんな言葉を聞くとは思わなかった。
 彼女は自らの発言を打ち消すように軽く首を振り、笑みを浮かべてみせた。
「なんてね。実際にはもっと即物的に、身体が疼くわけだけど」
 ねぇ千鶴、あなたって言葉の選択を間違えなければ、それなりにしっかりしたことを言っているんじゃないかしら。
「あはは。それはナイわね。恋より欲情の女ですもの」
 顔の横で、ひらひらと手を振ってみせる。
「ところで、鈴自身はどうなのよ?」
 ―――私?
「そう。アンタにとっては、恋をするって、どんな気分なわけ?」

   ● 国枝 鈴 ●

 私にとっての恋……ねぇ。
 そっと、小柄な少年に想いを馳せる。
 あの目に見つめられると、ひどく狼狽する。
 思考がまとまらなくなって、自分が小さく、無力な存在に思えてくる。
「ふぅん。あんまりいいもんじゃないわねェ」
 そうだね、と苦笑を返しながら。
 だけど、それが不思議と心地好かったりもする。
 指先を絡めとられるような、緩やかに首を締められるような、そんな感覚が、何故か不快ではないのだ。
「鈴、今まで気付かなかったけど、アンタってもしかしてMなの?」
 違うと思うわ。傷つくのは怖いし嫌い。
「なーんだ、言ってくれれば、いつでも押し倒してあげるのにィ」
 ありがたいけど、遠慮するわ。
 冷たい声で応じると、千鶴は心底残念そうに口を尖らせた。
「でもさ、こんなに冷静な鈴が狼狽する姿ってのも、見てみたい気がするわね」
 ほんと、何であんなに落ち着かなくなるのかしら。
「しょうがないじゃないの。苦しくて、気持ちいいのが恋だもの」
 軽い口調で言って、傍らの鞄を手に取る。
「じゃ、アタシそろそろ部活行くわ。一番で更衣室入らないと、着替え見逃しちゃうし」
 妙にツッコミどころ満載なセリフを聞き流して、私は千鶴に手を振った。
 さて、と。
 私も部活に行かないと遅刻だわ。
 鞄を手に踵を返す。
 ―――あらやだ。

 そんなところにいるなんて気付かなかったわ。
 聞いてたの? ちょっと悪趣味ね。
 ふふ。まぁいいわ。せっかくだから、あなたにも聞いてみようかしら。

 ―――ねぇ、あなたにとって、恋をするって、どんな気持ち?


どうにも分類しにくいですが。
鈴とか千鶴とか、クラスメイトの女子の話。

私の中のそれぞれのイメージは、こんな感じ。
ごめん織姫。

2004/06