喫水線

   その肌も その瞳も
   何も知らないままで
   一人で生きていければ良いのに

   いつか失うために 僕は君を手に入れる

俎と包丁が奏でる小気味良い音が台所から響いてくる。
「料理なんて滅多にやらないんだから、下手でも見逃してよ」
照れたように言う声とは裏腹に、その手つきは鮮やかだ。

ギンは畳に転がって、忙しく立ち働く乱菊の後ろ姿を眺めた。
死覇装の袂を器用に襷で絡げ、食材を刻んだり、竃を覗き込んだりと休む間もなく動き回っている。
そのうち歌でも飛び出すのではないかと思われるほどの機嫌の良さに、ギンの口許もいつしか綻んでいた。
静かに畳に手をついて立ち上がり、台所へと歩を進める。
「なぁ、乱菊」
「何よ」
「せっかく手料理作りに来てくれたのに、何で死覇装なん?」
むき出しの腕に指を添わせたら、ぺちり、と軽い音と共に叩かれた。
「仕事中だからに決まってるでしょ。隊長に一刻だけ抜け出して良いって、許しを貰って来たんだからね」
忙しいんだからギンも手伝ってよ、と言いながら振り向きもせずに手を動かす。
あしらわれたギンは、暫く子供のように頬を膨らませていたが、すぐに悪戯な表情を浮かべて乱菊の背後に張り付いた。
「一刻の一番有効な使い方って、乱菊知っとる?」
捲り上げた袂から忍び入ろうとするギンの指を払い除け、乱菊が漸く背後を振り返った。
手にした包丁を、ギンの眼前で揺らす。

「一番有効な時間の使い方はね、アンタに栄養のある食事を早々に食べさせることよ」

鈍い光を放つ刃に、ギンが肩を竦めて身を離す。
「怖い怖い」
「馬鹿なことやってないで、さっさと手伝って」
促されて、渋々ギンも鍋の前に立った。
湧き上がる湯気越しに、玲瓏な横顔を覗き見る。
「……乱菊」
「なぁに? ギン」
「今日は何で、急に料理なんて作りに来てくれたん?」
鍋の底から立ち上る泡に視線を落とし、囁くように尋ねる。
乱菊も視線を交えぬまま、手を止めずに答えた。
「アンタのとこの藍染隊長が、最近副長の仕事が忙しくて、碌なもの食べてないようだから、助けてやってくれって」
部下想いの隊長を持って幸せね、と言われて、ギンは泣きそうに眉を歪めた。
顔を逸らせて、どうにか口角を引き上げる。

「……えげつないことするなぁ、あの人も」
隣に聴こえないほどの小さな声で、呟くように。
不思議そうに見遣った乱菊に、辛うじて笑顔を返す。

鍋を覗き込んで、ギンが表情を隠す。
無暗に水面を掻き回せば、立ち昇った湯気が目元を湿らせた。
「乱菊」
「なぁに?」
「乱菊」
「だから、何よ」
こうして呼べば応えてくれるこの距離が。
いつか失われてしまうのだとしても。
「なぁ、乱菊」
「いい加減しつこいわよ、ギン」
それでも、呆れたような笑顔を見せる乱菊に、ギンも子供めいた笑みを取り戻す。
「だって、嬉しいんやもん。乱菊がわざわざ手料理作りに来てくれるやなんて」
「そうね。最近お互い忙しくて、ゆっくり食事もしてなかったものね」
腕を伸ばして鍋に具材を放り込みながら、乱菊が小さく溜息を吐いた。
「落ち着いたら、またいつでも作ってあげるわよ」
ギンの好きなものなら、何でも知ってるんだから。
そう言う乱菊の唇に、ギンが掠めるように自分の指を触れさせる。
「ボクの一番好きなもの、乱菊知らんやろ」
「知ってるわよ、それくらい」
「嘘や、絶対知らん」
いつか教えたるわ。言いながらギンが踵を返した。

「皿、並べてくる」
言い置いてギンが台所を出る。
乱菊は料理の出来具合を確かめようと、鍋に向き直った。

「いつか、全部終わったら、その時に教えたるわ」
だから、乱菊は此処に居てな。
小さく呟かれた言葉の意味を、彼女はまだ知らない。



ギンが乱菊に居て欲しいのが、
ココ(尸魂界)なのかココ(ギンの隣)なのかは内緒で。
ていうかこれ何時の話よ、って感じですな。
藍染隊長がまだ善人メガネぶってた時の話なのは確かなのですが(笑)

相変わらず何を書きたかったのか見失ってる気がします。
テーマは「手料理を作る乱菊さん」
何を作っているかは謎。

あ、そうだ。今回「一刻=2時間」ってことで脳内変換してください。
流石に30分とか15分とかではギンが可哀想すぎるので…。
キュー○ー3分クッキング並みの慌しさになってしまう……!

2005/12