肩越し

   全ての災厄から 守ることが優しさだなんて 思えない
   そんな愛し方は きっとできない

 
 彼女のことなら何でも知ってる。
 口癖とか、お弁当の代わりにホールのチーズケーキ持ってきてぺろりとたいらげることとか、スリーサイズ(目測だけど!)とか。
 だって、いつでも彼女を見てるから。

 彼女のことなら何でも知ってる。
 彼女の視線の先に、いつもいるのは誰なのか、とか。
 あたしが見てるのは、常に彼女の背中越しの風景。
 長い髪、細い肩。そして彼女はあたしを見ない。
 彼女が見るのは、あの男。



「ヒメ、黒崎のこと、好きでしょ」
「えぇぇえぇっ!?」
 椅子に腰掛けたまま、垂直に20cmは飛び上がった織姫。なんのコントですか。
「そんなに驚かなくても……」
 苦笑混じりに言うと、ヒメは俯いてお弁当箱の中のタコさんウインナーを攻撃してみせた。
 ちなみに今日のヒメの昼食は、弁当箱にぎっしり詰まったタコさん&カニさんウインナー。念のため言っとくけど、オンリーウインナーですよ。炭水化物ナッシング。
 栄養のバランスとかはどうなのか。なんでそれでその巨大な胸を維持できるのか。むしろその食生活のせいで、こんなにグラマラスになってしまったのか、などと怖い想像をしつつ。
 頬を染めた織姫は、あまりに可愛くて。

「えへへー、やっぱり分かっちゃうのかなぁ」
 そう言って照れながらも顔を上げた彼女が見せた、極上の笑み。
「たつきちゃんにも、すぐバレちゃったんだよね」
 はにかむように、それでもどこか誇らしげに。
 そういうヒメの表情は、どこをとっても恋する乙女で。
 だけどそれは、あたしにとっては死刑宣告。

 分かってるのよね。
 ヒメが永遠に、あたしのものにならないことくらい。
 いつかは、誰かのものになるだろうってことも。
 その日がこんなに早く来るとは、思ってなかったけど。

「で、どうなのよ。もう押し倒したの? それとも押し倒された?」
「ち、千鶴ちゃん……」
 真っ赤な顔で首を振るヒメ。
「そ、それたつきちゃんにも言われたけど……っ」
 む。なかなか言うわね、たつきも。
「いいじゃないの。コトに及んじゃえば、後は簡単よぉ」
 言葉をなくして俯くヒメの姿に、気づかれないように溜め息を吐く。

 こんなに可愛いのに。
 こんなにいい子なのに。
 私のものじゃないんだ。

 いつかは、他の男のものになるんだ。

 永遠が欲しいわけじゃない。
 だけど、そんなに簡単に諦められるほど大人でもなくて。
 結局は、軽口に逃げてばかりだ。何て卑怯なあたし。

 ねぇ、ヒメ。
 いつかはあなたも、幸せな恋をするのでしょう。
 いつか誰かが、あなたを真剣に愛するのでしょう。
 だけど、覚えておいて。
 今この瞬間、あなたを取り巻く全ての人間の中で、あたしが一番あなたを愛している。

「あ、あのね。黒崎くんは別に、私のことなんて何とも思ってないんだよ?」
「なぁに言ってるの。ヒメから声かければ、誰だってホイホイひっかかるでしょうがっ」
 だから早く誰か引っ掛けて、あたしにとどめを刺してよ。
 このまま。
 あたしはいつまでヒメのことを想い続けていればいいんだろう。
 早く誰かのものになってしまえばいい、と思うけれども、誰かのものになったらきっと、奪いたくて堪らなくなる。
 と、空手部の友人に呼び出されていたたつきが、戻ってきた。
 教室に入ってくる人影を、視界の端で確認する。

 ちぇ。短い蜜月だったわ。
「ねぇヒメ、抱きしめてもいい?」
「え? うん。いいけど」
 軽い口調で言うと、躊躇なく答えが返ってくる。あたしのなかの劣情も知らずに、ヒメはいつも優しく接してくれる。
 椅子から立ち上がり、そっとヒメの背後に回る。長い髪を右肩で束ねて、左の肩口に頬を埋める。
 こんなことさせてくれるのは、やっぱりあたしが友達だからなんだろうなぁ。
 いつも赤面させるようなことしか言わないのに、それでも普通の友達だと思ってるんだろうなぁ。
 甘いよ。ヒメ。

 いつか、その優しさが命取りになるよ。
 あなたを傷つけるのは、あたしではないかも知れないけど。
 それでも、その優しさが、ヒメのいいところなんだけど。

 あたしのものにしたい。
 誰かのものになってしまえばいい。

 本当は。
 本当は。
 誰のものにもならずに、ヒメはヒメのままでいて。

 ヒメの脈拍を間近に感じながら、そんなことを考えていたら不覚にも泣きそうになった。
 白い首筋、頚動脈のラインを、ちろりと舌で舐め上げる。
「ひゃっ!!」
 驚いたヒメの声に、間髪を入れずたつきの膝蹴りが飛んでくる。
「こぉの、変態がっ!」
 手加減なしで入った膝に、側頭部が鈍い音を立てた。それ、下手するとマジで死ぬから。勘弁してください。
「あいったー……」
 頭に手をやって、上目遣いでたつきを振り返る。
 滲んだ涙は、痛みのせいにして。

「なによぉ。別にいいじゃない、減るもんじゃなし」
「お前みたいな変態に触られたら、織姫の価値が下がるっつの!」
 乱暴な口調だけど、抱きしめるだけなら許容してくれてるたつき。
「ち、千鶴ちゃん、大丈夫!?」
 自分のことよりも、あたしのことを心配してくれてるヒメ。

 こんないい女たちに囲まれて、どうして自分は幸せじゃないなんて思えるだろう。

 ヒメが好き。
 あたしのことを、大切な友達だと思ってくれてるヒメが好き。
 せめて、ヒメの友人として相応しい自分でいられるように。
 あたしとヒメの間に、永遠なんて初めから存在しない。
 だから。
 だから今だけは。

 ただひたすらに、あなたのことを愛おしいと思うことを許してください。

 あなたが誰かのものになってしまう、その日まで。


千鶴→織姫。
ただ妄想を書き連ねただけになってしまいました。
千鶴の、純愛と下ネタの絶妙な混ざり具合が上手く書ききれません…。
書き上げるのに時間がかかりすぎて、前半と後半が別物になってしまいました。
まぁよくあることですが^^;

「柔らかい殻」の後あたりの話かな。
まだ雨竜が出てくる前。
こんなに織姫一筋な千鶴を、どう千鶴×雨竜に持っていくか、
全然思い浮かびません(笑)

2004/12