溺れる魚

   君に逢いたくて
   君に 逢いたくて
   今夜も僕は
   白いシーツの海に溺れる


零れる吐息はどこまでも甘く。
熱を帯びて指先に纏わりつく。

思い描くのは、栗色の長い髪、白い肢体。
「―――ヒメ」
堪えきれずに声が洩れる。
繰り返される夜の儀式。

その声を、首筋を指先を、思い出すだけで心臓が跳ね上がる。
上昇する体温が、心までも高みに連れて行くようで。


不意に、自らを苛んでいた指を止めたのは、脳裏に浮かぶヒメ以外の人物のせい。
なんでアイツが、と舌打ちして、瞼の裏からその姿を放逐する。

それでも、実際に私に触れたのは、ヒメではなくアイツの躯なのだ。
最愛の少女の白い肌を想いながらも。

あの夜。
私の耳朶に舌を這わせたのは。
私の芯を甘やかに潤したのは。
ヒメではなくあの男なのだと、快楽を求める度に思い知らされる。

「好きじゃない……」
呪文のように唱える言葉は、いつしか効力を失いそうで、繰り返すほど不安になる。
ヒメだけが、私の躯に悦楽を与え続けてくれるならいいのに。
ただ、ヒメだけが。



心を与えるつもりなど、微塵も無かった。
それはあまりにも明確な、代償行為だったのだから。
けれど、レンズ越しでない、彼の瞳を見た瞬間に。
流れ込む彼の意識が怖くて、眼鏡を外すことすらできなくなった。
真っ直ぐに自分を見つめるその瞳が、無数の嘘を暴くようで。


つ、と指先が自らをなぞる。
夢想を振り払うように、再び行為に没頭する。
忘れてしまえばいい。
アイツのことなど、記憶の淵に追い遣ってしまえばいい。

けれど重ねた肌は、あまりに強く彼を追い求めるのだ。

それならばいっそ。
あの男を、ただ快楽を得るための手段にしてしまうために。
瞳よりも指先を、声よりも吐息を。
彼の熱だけを、肌に甦らせようと足掻く。

あの男の名前だけは、決して呼ばないように。
その名を口にしてしまわないように。
きつくきつく唇を噛んで、私はゆるやかに高みへと昇りつめた。



婉曲なエロを目指してみました…って目指すなそんなもの。
千鶴なんだから、たまにはこんなのも書いてみよう、とか思ったのですが、
このあたりが限界でした。ふははは。
何だか恥ずかしくて、言い訳の方が長くなりそうなのでこの辺で。

しかし、恥ずかしがってるのは私だけで、読んでる人には
全く状況が掴めない話かも知れない、とか思ったり。

2005/02