匣の外

 高瀬君のこと、ですか? 確かに同じクラスでしたけど、何で突然。

 ……やだ。誰に聞いたんですか、そんなこと。弓子でしょう、山崎弓子。絶対秘密にしてねって

言ったのに。

 そんなこと言ったって、私なんて全然片想いだし。他にも高瀬君のこと、好きだった子は何人か

いたけど、みんな半分諦めてたんじゃないかな。高瀬君には進藤さんがいたから。

 進藤和実さん。うちの高校、クラス替え無いもんで、一年の時からずっと一緒だったけど、殆ど

話したことないなぁ。そんなこと言ったら、高瀬君ともあんまり話したことないけど。いっつも二人だ

けで行動しててね、他の人が入れない雰囲気があるのよね、あの人たち。

 進藤さんも変な人だよなぁ。あんなに美人で頭いいのに、他の女子とあんまり話さないし、言葉

遣いも男の子みたいなの。友達に、二中出身の子がいるんだけど―――あ、沢崎第二中学校。

進藤さんの行ってた中学です。あたしは沢崎東出身。…って、何の話だっけ?

 そうそう。その子の話では、進藤さんって、中学の時は髪も長かったし、友達もたくさんいて、

すっごく男子に人気があったんだって。でも誰とも付き合ってなかったみたい。

 高瀬君のこと好きな子の中には、進藤さんのこと嫌ってた人もいたみたいだけど、私は結構

憧れてたなぁ。悔しいけど、高瀬君と進藤さんて、実際お似合いなんだもん。進藤さんかっこいい

しね。

 彼女の髪型って、高瀬君とお揃いなんだよ。髪質とか全然違うから、みんな気がつかないけど。

高瀬君とお揃いなら、私も髪切ろうかな、とか思ったけどね。やっぱり進藤さんみたいな美人じゃ

ないと似合わないよなぁ、と思ったからやめた。とりあえず髪伸ばして、顔の欠点をカバーしよう

かな…って、そうそう、高瀬君と進藤さんね。

 六月に、急に学校来なくなった時はびっくりしたよ。友達と、駆け落ちかねって話をしてたの。

 だから、二週間して、学校に出てきた時は、もっとびっくりした。てっきりもう帰って来ないと思っ

てたから。あれ。そう言えば、どうしてそう思ったんだろう。変なの。

 うーん。あたし馬鹿だから、上手く説明できないけど、あの二人って、一つの箱なのね。こういう、

普通の白い箱。いつもは蓋が開いてるけど、壁があって、上から覗かないと中が見えない。で、

時々その蓋がパタンと閉じちゃって、もう外からは何も見えなくなっちゃう。

 でもあたしは、その箱ごと高瀬君のこと好きになっちゃったからさ、進藤さんのことも好きだった

し。

 高瀬君が死んだ日ね、あたし彼に会ったんだ。って、別に話も何もしなかったけど。

 放課後、タオル忘れてきたの思い出して、部活抜け出して教室に取りに行った時。部活は陸上

部。高跳びやってるんだよ。最近不調だけどね。高瀬君たちは帰宅部。よく二人で図書館にいる

らしいけど。

 えーと、ごめん。また話がずれちゃった。

 教室に行ったら、高瀬君と進藤さんがいたの。進藤さんは机で寝てて、高瀬君は本読んでた。

 この二人はいつもそう。授業中も、居眠りしてるか本読んでるか。全然勉強してないのに、定期

テストでいっつもクラス一ケタ順位なんだよ。あたしなんて……まぁいいや、とにかく、その二人の

様子が、まるで絵みたいに綺麗でね、何となく教室に入って行けなくて、ずっと見てたんだ。夕陽

が斜めに差し込んでてさ、もうめちゃくちゃ綺麗だったの。

 そしたら、しばらくして高瀬君が立ち上がって、眠ってる進藤さんの上にかがみ込んでキスした

の。映画を観てるみたいで、あたしも見とれちゃった。ぼんやりしてたせいで、教室を出ようとした

高瀬君に見つかっちゃって焦った。だって覗き見してたみたいじゃない? まぁ実際そうなんだけ

どさ。

 高瀬君は、ちょっと驚いた顔してたけど、すぐに困ったように笑って「自分を好きになっちゃった」

って言ったの。うん。確かにそう言ってたよ。

 で、高瀬君が教室を出てるうちに、多分図書室に本を返しに行ったんだと思うけど―――大急

ぎでタオルを取って、進藤さんを起こさないように教室を飛び出して部活に戻ったわ。

 そうしたら次の日の朝、先生が突然、「高瀬君が亡くなりました」でしょ。

 もう驚いたなんてもんじゃなかったわよ。

 進藤さん? 彼女は別に。高瀬君が死んでから一週間ぐらい休んでたけど、今は普通に学校来

てるよ。

 でもねぇ、進藤さんまでいなくなったりしないで良かったと思う。一週間休んでた時、すごく不安

だったの。

 あの二人って、本当に雰囲気とかそっくりで、どっちか一人残ってれば、もう一人も生きてるみた

いな気分になるの。そんなの私だけかしら。

19960120Sat

 

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